またまた久易田でございます。
今回も、人生の方程式、即ち、この様な事を大切にしたり、意識的に気にすることで、不思議でも何でもないのですが、救われたり、人生が上向いてくるんですよね。
そしてこの人生の方程式、実は当たり前過ぎる事の塊なので、普段は無意識の中に存在していて、簡単に通り過ぎてしまうんです。
要するに、人生を上向かせていくという事とは、偶然に起こったり、その時が来るかこないか分からないのに、ただ単に待つことではなく、この様な事の積み重ねで、自らが手繰り寄せる事が出来るものなのです。
とにかく、この様なものを偶然ではなく、論理的に捉える手法だとお考え下さい。
そしてそれらを真摯に大事だと思えた時、あとは淡々とこなすだけですよ。
そう継続して、行うのです。
そうしますと、知らないうちに、何か人生が回りだしている事に気づく日が来ることでしょう。
何度も言いますが、人生の方程式とは、当たり前の事なんです (*^-^)
そして、せめて私のこの文章を思い出した時だけで構いませんので、その時は実行してみてくださいね。
それでは今回の本題、【偽善でもいいから人の為に・・・】、を始めていきたいと思います。
まずはこの【偽善でもいいから人の為に】という言葉を意識して、相手と接してみてくださいね。
偽善でもいいか人の為とは、裏を返せば、
《あんたの為じゃなく、自分の為にやっているに決まっているじゃない》という事を、見せない行為なのです。
★そうしますと、相手の方は、普段見せない顔を、いとも簡単に見せてくれるのですよね。
相手の方の人心掌握をしたいのであれば、とても有効的な手段かもしれませんよ。
★そしてこの考えが、少しでも分かる様になってきますと、相手の望んでいることが、少しづつ分かるようになってきます。
★そして、相手の方々が、真摯に喜んでくれます。
★そして、自分のちっぽけさにも気づけます。
★そして、人にしてあげる事への喜びと同時に、人から感謝されることを得られます。
★この様な価値観が、あなたの中に真摯に芽生えます。
少しひねくれた考え方ですが、ここが肝心です。
★「こんなことで、人は喜んでくれるんだ」と、なにか、人生のヒントを得れる事でしょう。
★そして、これを意識して人と接しているうちに、相手の方は良い意味で、あなたを見る目が変わってきます。
「なんか、この人親切だな~」 から始まり、
段々と、「この人、私の人生に必要な人なのかもしれない」という程度に変わってきます。
そして、最終的には、「この人はなんか凄い」と、勘違いしてくれます。
勘違いという言葉が適切かどうかは分かりませんが、この考えの入り口が《偽善でも》から始まっているところに、勘違いという事が似合うかと思ってしまいました ( ̄ー ̄)ニヤリ
ま、これも人生の当たり前の方程式なのですよね。
そんな難しい事ではありませんよ。
私はこの程度くらいの事を、実行していく事こそが、大変重要なのだと、心の奥の方の何かから、訴えかけられてくるのです。
心の奥底の何かって何?
と聞かれましても、私も分かりません m(__)m
それでは次回も、この様な方程式について書かさせて頂きます。
見て頂き大変感謝いたします (#^.^#)
それではまた近いうちに~ (@^^)/~~~
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